【藤宮峯子院長Vol.9】生きて行く勇気
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「臨床医は涙で目を曇らせなければ患者が見られない、研究者は涙で目を曇らせたのでは真理は見えない。」
この言葉は、私が医科大学1年の時、らい病の療養所である邑久光明園で園長の原田禹雄先生から聞いた言葉です。
医科大学に入学したばかりで、医療の何たるかを全く理解していなかった私ですが、瀬戸内海を見はるかす孤島の丘で語られた言葉はその後も私の心の中で生き続けています。
京都大学皮膚科出身の原田先生は一生をらい病の医療に捧げられた方で、社会から隔離され地獄の苦しみを味わう患者さんと向き合う中で紡ぎ出された言葉だったと思います。
私は医大を卒業して、35年間基礎医学の研究者として生きてきました。大学を定年退職したのち、臨床医として認知症の再生医療のクリニックで働いています。
ここでは、一人の患者さんとご家族との面談に1時間近く時間をかけています。面談の中で私は図らずも涙を流すことがよくあります。
若年性認知症を発症し、家族と紡いできた大事な記憶を無くしてしまうことがどれほど悲しくてやりきれない事か。現実を受け入れられずに苦しむ家族の言葉をただじっと聞くことしか出来ません。
私の提供する再生医療で良くなる患者さんは、ご本人もご家族も明るい表情で感謝の言葉を残して帰られます。「先生のお陰でここまで良くなりました。本当にありがとうございました」という言葉は何にも変え難い嬉しいものです。しかし、期待する治療効果が得られない患者さんにこそ、私は注力することにしています。
医学研究者としての曇らない目で現実を受け止め、一体どうすれば全ての患者さんを治すことが出来るのか、治療効果を上げるための研究開発の具体策を冷静に考えます。これこそが、再生医療を長年研究してきた私がやるべきことです。
一方、臨床医としては、目は涙で曇るのです。過酷な現実に押しつぶされそうになっている家族の苦悩を少しでも分かち合いたい。人間は生きている限り、苦悩は尽きないものだ。生老病死の四苦を逃れることなど出来ない。逃れられないのなら、受け入れるしかない。受け入れて、どんなに状況が苛酷であっても生きていくしかない。
私と話す中で、生きて行く勇気を少しでも沸き立たせて頂けたらどんなに嬉しい事でしょう。
これが、私がルネクリニックで働く理由なのです。